『パタン・ランゲージ』(C・アレグザンダー) 〜 【ジャスト・フレンズ】(L.A.4)

パタン・ランゲージ―環境設計の手引

パタン・ランゲージ―環境設計の手引


建築とは意味をもたらす空間である。


これだけのことが滅法難しい。街を歩いてみると、およそ意味のなさそうな空間があちらこちらに散らばっている。街が成長する過程のなかで用済みにされたり、忘れさられたのかも知れない。だが、およそはじめから何の意味があってつくられたのかわからない空間もままある。一方で鎮守の森のように、建築家がいたわけではないが、人がかかわり、豊饒な意味をはきだす空間もある。

アレグザンダーは、生きている都市の構築のために都市にひそむ「パタン」を体系化する。それはけして論理的に整備されたものではないが、感覚にとっては十分説得力がある。人の棲まう空間を相手にすると、とても論理だけではたちゆかなくなる。論理的には無意味とも思える「味付け」をしないとどうも落ち着かない。アレグザンダーのパタンは、空間の意味を組み立てるための単子である。

パタンをやや散漫につないでいくだけでも、建物は建てられる。このような建物はパタンの寄せ集めにすぎず、中味が薄くて奥行きが浅い。だが、数多くのパタンを同一空間内に重合させるつなぎ方も可能である。このような建物はきわめて濃密で、小空間に多くの意味がこめられており、この濃密さゆえに深遠になるのである。

詩では、このような濃密さが、前には気がつかなかった言葉と意味の結合を生み出し、輝きを放つのである。

詩は言葉を重ねることによって意味のある世界を紡ぐことができる。アレグザンダーは、建築のパタンを重ねることにより意味のある空間を組み立てようとした。さらに住人とも、これから組み立てられようとする空間のの意味をコミュニケーションするための道具としようとした。設計図面をはみだした空間を組み立てたかった。そして253のパタンにまとめて見せた。

これが思わぬところに波及する。俗にGang of FourGoF)と呼ばれる、エリック・ガンマ、ラルフ・ジョンソン、リチャード・ヘルム、ジョン・ブリシディーズの四人組による『デザイン・パターン』である。これはオブジェクト指向によるシステム設計のバイブルとなっている。

システムはよく建築になぞらえられる。システム・エンジニアには、見えない建築を設計する者としての自負がある。あらゆるアルゴリズムは、「順接」「分岐」「反復」の三つの要素で記述できるが、そこには「意味」はない。論理的記述の根拠しかない。オブジェクト指向の核をなすクラスも、システムを体系的に組みあげるための器であるばかりである。そして、経験的に「システム」によくあらわれるパタンをまとめあげて『デザイン・パターン』とした。少し、建築へのあこがれも見え隠れしている。


だが、論理的記述では飽き足らないこれらの「パターン」は、いったいどこにあるのか。

パターンは意味から離れることができない。意味に密着してはじめてパターンがあらわれる。およそ世界のなかで「意味」は独立して存在することはできない。世界と人とのかかわりのなかではじめて「意味」が動きだす。あちらこちらに散らばっているかのように見えるパターンも、独立して存在することはできない。パターンは、こころのなかの認識の単子なのである。

博物学は世界のパターンを体系化しようとする。そして分類するための枠を組み立てる。中尾佐助はもっと鮮烈だった。分類の尺度を臨機応変に使い分け、「照葉樹林文化圏」という見立てを発揮してみせた。三浦梅園の『玄語』も、世界を幾何学のなかで体系づけたデザイン・パターン集だった。ユングはこころのなかに「元型」と呼ぶパターンがあることを見抜いていた。クレーは『造形思考』で造形にひそむパターンを描きだす。鈴木秀夫は風土に森林と砂漠のパターンを見つめ、歌舞伎はかぶく型をコレクションして見せた。


世界は豊饒な類型に満ちている。気がつけば、ありとあらゆる世界の断層がパターンに溢れている。だから、パターンを『パタン・ランゲージ』や『デザイン・パターン』に押しこめることなく、世界のあらゆる場所に転がっているパターンを「共通のパターン」として眺め、語れる方法がよい。「類型学」とも呼ぶべきこの方法が科学やエンジニアリングや人文の枠を超えた方法になるかも知れない。


昨年、大学で「デザイン・パターン」の講座を持つ機会があった。『パタン・ランゲージ』や『デザイン・パターン』だけを紹介しても面白味もないので、パターンの生れる契機、世界のあらゆる場所にひそむパターンの発見、パターンとの付きあい方を核に「料理」というテーマで学生たちにパターンの発見とそのプレゼンテーションをしてもらった。

さすがに「食」「料理」は人から切り離すことのできぬものなので「パターン」の宝庫である。日本の東西の食文化の違いから、料理のための道具の類型、ロゴと商品の妖しい関係から作法まで。生活にかかわるありとあらゆるパターンが一堂に会することとなった。そしてこれらのパターンを意味あるかたちにしつらえていくのがデザインというプロセス、というあたりに締めくくりをおく。

パターンで忘れられないのが音楽である。音楽は人が「音楽」を認識するパターンをたくみに組み合わせてつくられる。要素に分解してしまえばごく限られたパターンしかないのだが、そこからはてしのない感動の海がはじまる。マイルス・デイビスは天才だった。モード奏法、ビーバップからフュージョンにいたるまで様々なパターンをもちこみジャズに昇華してみせた。


さて、『パタン・ランゲージ』には、ジャズ界の名四人組、L.A.4の【ジャスト・フレンズ】を。バド・シャンクレイ・ブラウン、ローリンド・アルメイダ、ジェフ・ハミルトンによるL.A.4は、1970年代のウエスト・コースとを席捲する。まさにジャズの王道を行くという風情だった。もう一枚の名作は【亡き王女のためのパヴァーヌ】である。ローリンド・アルメイダのガットギターが王女を偲ぶ。


パターンとは世界の綾であった。