『図解 クラシック音楽大事典』(吉松隆) 〜 【ニュー・シネマ・パラダイス】(エンニオ・モリコーネ)

図解クラシック音楽大事典

図解クラシック音楽大事典


音楽はいつも唐突にやってくる。


散歩しているとき、本を読んでいるとき、電車で吊り革につかまっているとき、風呂に入っているとき、人とお喋りをしているとき、音楽はふいに降りてくる。なぜ嬉しいとき鼻歌を歌ってしまうのか。なぜ悲しいときむかし聞いた歌の一節が浮かんでしまうのか。それほどまでに「音楽」はいつも人に寄り添っている。


「音楽」という言葉は、近代になってできた言葉で新しい。だが「うた」のはじまりはもっと古い。おそらくは「ことば」の獲得と同じくらいだろう。「しゃべる」ことは近くの人には有効であるが、遠くの人、同じ森のどこかにいる人に語りかけるには都合が悪い。遠くの人にメッセージを伝えるには、大きな音が出るモノを叩いてそのリズムで伝えるか、ことばに「節回り」をつけてやって回りの音に紛れないようにするなどの戦略が有効である。

ピグミーやボンガンド族の「投擲的発話」を見ていると、このようなメッセージの戦略が「うた」を生みだしていくきっかけになったのではないかと思える。そしてその「うた」が「ことば」のように文法・ルールを持ち、社会的に制度化されると「音楽」になっていく。古代ギリシャでは、ギリシャ語の四声の発音と詩がひとつのもので、すぐれた詩とはすぐれた「うた」でもあった。そして古代ギリシャ語の四声がテトラ・コードを生み、それが旋法になり、「音楽」の基礎理論になっていく。

中学生のとき、音楽の授業が面白くなかった。本を読めばわかりやすそうな話をとくとくと聞かされ、色々なクラシックの「名曲」を聞かされ、その「感じ方」まで聞かされる。いつも余計なお世話とばかりに上の空だったのだが、期末試験の一週間前、その先生が「今日は試験の一週間前なので自習にします。音楽でなくても自由に勉強してよいですよ」という。そして先生が今日は自分の好きな曲をBGMとして流します」といってかけた曲がプラターズの「オンリーユー」だった。ぼくは衝撃を受け、「自習」そっちのけで聞き惚れてしまった。そして「こむずかしい」「退屈」と思っていた先生に本当に済まないことをしたと思った。そして授業が終わったあとでレコードのタイトルを聞き、急いで帰って母に小遣いをねだりレコード屋に走った。先生から「試験勉強しろよ」と言われたが、それこそ上の空だった。

音楽には、そんな人を揺り動かすものがある。だからこそ音楽であるのかも知れない。おそらくは「ことば」以上に直接「感情」まで揺さぶるメタなメッセージ系であるのだろう。だが音楽にひそむそのような面はほとんど研究もされていない。

「感情」にまでそのまま手がとどく音楽であるからこそ、音楽は何よりも「楽しい」ものであってほしい。この本は、そんな本当の「音楽好き」のための格好の本。

じつをいうと、指揮には「絶対にこうしなくてはいけない」という振り方はありません。どういう音楽にしたいか、がオーケストラに伝わりさえすれば、指揮棒なしでもかまいませんし、指揮台の上で踊りを踊ってもかまわないのです(たぶん)。

作者のユーモラスなマンガといっしょに楽しい音楽の四方山話。中学の音楽の教科書もこうであって欲しかった。そうすれば誰もが音楽家を志そうとは思わなくても、音楽を捨ててしまおうとは思わないだろう。


吉松隆は、むかしから「美しさ」にこそ投企した。だから「現代音楽」が無調が基調となり、これでなくては「音楽」ではない、という風潮に平然と向かい、「世紀末抒情主義」を標榜し、現代音楽撲滅運動に邁進する。だが、彼の美しい音楽に人が集まり、すすり泣き、万感の思いをこめて拍手する。音楽の持っている原点から一度とそれていない。それが吉松隆の真骨頂である。

現在、彼は英国のシャンドスとレジデント・コンポーザの契約を結び、書いたオーケストラ作品はニ年以内にCD録音される。まるでロック・ミュージシャンの契約である。だが、そのおかげもあってか、現在交響曲を第五番までCD化している。これはとても有り難い。


吉松隆のあたりにはいつも「鳥と星と酒」がとびかう。

<鳥>は私の音楽の師匠である。

なにしろ、彼らこそ人間の歴史などよりはるかに古くから<音楽>を駆使してきた尊敬すべき音楽家であり、畏敬すべき先達でもあるのだから。

その教えの一は<鳥メロディ>。彼らは地上最高のメロディー・メーカーである。そしてその<さえずり>という音の連結こそ、彼らの存在そのものであり美しき思想である。

大作曲家の吉松には吉松の音楽を、というのが筋なのだろうが、あえてエンニオ・モリコーネの【ニュー・シネマ・パラダイス】を贈りたい。モリコーネは吉松以外の作曲家ではじめて「吉松らしさ」を感じた作曲家でもある。


さて、音楽、楽しんでますか。